渋沢栄一という人に、私が本格的に興味を持った最初のきっかけは、新紙幣のニュースでした。 「一万円札の肖像が、渋沢栄一になるらしい」

調べていくと、NHKの「100分de名著」で彼が取り上げられていました。 論語や孔子の話に触れながら、けれど、道徳だけでは社会は動かない。 経済感覚がなければ、理想は絵空事になってしまう。

だからこそ、「道徳経済合一説(どうとくけいざいごういつせつ)」でなければならない。 その考え方に、私は強く心を打たれました。

会社は「目的」ではなく「手段」

さらに偶然は重なり、商工会議所青年部の研修で、改めて彼について学ぶ機会がありました。 そうして少しずつ見えてきたのは、渋沢栄一が「会社をつくること」を目的にしていた人ではない、ということでした。

彼が一貫して見ていたのは、「日本という国を、どうすれば豊かで強い国にできるのか」という問いでした。 そのために必要なことを、事業という形で実装していった。 会社は手段であり、目的ではなかったのです。

ぶれない「軸」が人を集める

印象的だったのは、立ち上げた事業を、いつまでも自分の手元に置こうとしなかったことです。 思いが共有され、社会の中で自立して回るようになったら、次へ進む。 大切なのは、数でも規模でもなく、「その時代、その社会に必要な役割を果たしているかどうか」

私はその姿を通して、初めて腑に落ちた感覚がありました。 理念とは、掲げる言葉ではなく、人生を通して貫かれる意志なのだと。

どんな立場に立っても、どんな手段を選んでも、変わらず見ている先がある。 その一本の軸があるからこそ、行動がぶれず、人が集まり、思いが継承されていくのです。