令和2年度。副会長として迎えた年は、始まる前までは、確かに順調でした。 委員長たちと準備してきた事業。積み上げてきた計画。「この一年は、ちゃんと回せる」。どこかで、そう思っていたと思います。

そこに、コロナが来ました。 よく言われます。「コロナだったから仕方ないよね」と。 でも、私自身の感覚は、少し違います。

委員長を守れなかった

確かに、社会全体が止まりました。でも、自分が止まった理由を、全部コロナのせいにはできなかった。 決めなければいけない。守らなければいけない。支えなければいけない。副会長として、たくさんの役割がありました。

でも、議案は通らない。現場の声は届かない。委員長たちは、少しずつ疲弊していく。 結果として、委員長が一人、出てこなくなり、もう一人も、姿を見せなくなりました。副会長として、委員長を二人、守れなかった。

逃げなかった、というより「逃げ切れなかった」

この年、私は何度も「コロナだから」と言いそうになりました。 でも、本当は分かっていました。 人を支える力が足りなかった。状況を整理し、言語化する力が足りなかった。組織を動かせるほど、成熟していなかった。

そして、多分、少しおごっていた。 「これくらいなら回せる」「今までやってきたから大丈夫」。その感覚が、足元をすくっていたのだと思います。

この年の判断を、「踏みとどまった」と言うのは、少し違います。正直に言えば、足踏みを食らった。進めなかった。動けなかった。前に出る力も、引く判断力も、足りなかった。

ただ、一つだけ決めていたことがあります。 「辞めて、なかったことにはしない」。

この年、成果はありません。評価もありません。でも、自分の未熟さと、真正面から向き合う時間だけは残りました。 逃げなかった、というより、逃げ切れなかった。 それが、次の判断につながっていくことになるのは、もう少し先の話です。